カリモク家具が2024年10月に始動した新プロジェクト「KARIMOKU RESEARCH(カリモクリサーチ)」。プロジェクトの核となる『Survey』では、年間4つのテーマを設け、1つのテーマ毎に国内外のクリエイターやデザイナー、アーティスト、企業等と連携して“Survey(=調査)”を行い、そこから得られた洞察をもとに、家具に留まらない新しいソリューションの展示・開発を行っています。
第2回目となる『Survey』のテーマは『NEW TRADITION』。今回のSurveyには、デザインスタジオ「WAKA WAKA」に加えて、デザインインキュベーター兼スタジオの「Lichen(ライケン)」がリサーチャーとして参加。LichenはJared Blake(ジャレッド・ブレイク)とEd Be(エド・ビー)によって2017年にニューヨークで設立され、デザイナー、職人、問題解決者、大工など、さまざまな分野のメンバーが集まり、家具や空間デザイン、これらの要素との過去と現在の関わり方を探求することを中心にグローバルに活動しています。
2025年1月11日から4月18日までKARIMOKU RESEARCH CENTER・B1Fで開催した「Karimoku Re:issue by Lichen」で展示した、Lichenが携わったソファが製品化に至るまでのSurveyの取り組みについてJaredとEdにインタビュー。
後編となる本記事では、なぜLichenがZEソファの復刻を選び、その「タイムレス」な魅力にどのように向き合ったのかを深掘りします。さらに、都市型の暮らしに寄り添う新しい収納家具「CMPT by Lichen」開発の舞台裏や、サステナブルなデザインへのこだわり、“NEW TRADITION”を経て次に見据えるプロジェクトの展望まで、未来へのヒントとなるストーリーをお届けします。
2025年1月11日から4月18日まで、KARIMOKU RESEARCH CENTER・B1Fでは「Karimoku Re:issue by LICHEN:」と題されたZEソファシリーズを展示していました。これは2024年にLichenの二人がカリモクの施設を訪問した際、過去の家具デザインのアーカイブやカタログに触れたときに発見し、新たな視点から復活させたものです。
ZEソファは元々1982年から1988年にかけて販売されており、当時は1人掛けと3人掛けのバリエーションがありましたが、すべてレザー張りで、主に企業の会議室やボードルーム向けに提供されていました。JaredとEdがニューヨークや日本のお客様のニーズを考慮した結果、今回は2.5人掛けのような、より住宅向けのサイズ感に調整しました。
また、今回新たにオットマンもデザインし、オレンジのファブリック仕様も導入。色に関して、当時使われていたレザーの供給元がすべて廃業してしまっていたため、まったく同じ素材を再現することはできませんでしたが、できる限りオリジナルに近いカラーフォーマットを再現しようと努力しました。
その場にはリイシューされていない他のヴィンテージ家具もたくさんあったものの、なぜ二人は最初の選択肢としてZEソファを復活させたいと感じたのか。Jaredは初めてZEソファを目にしたときの驚きについて「まるで昨日作られたばかりの新しさがあった」と語ります。
「あのソファは、まるでそこに『属していない』ように見えたんです。まったく古さを感じさせなかった。僕たちがヴィンテージ家具を探すときに理想としているのが、まさにああいった家具なんです。だから、あのソファを見たとき、『あ、これだ』と思いました。そして実際に座ってみたら、『もう新しくソファをデザインする必要なんてないじゃん』と感じたんです。すでに完成されていた。まるで時の中に閉じ込められていたような、“タイムレス”な存在感がありました」(Jared, Lichen)
また、EdはZEソファの特徴的なデザインとクラフトマンシップの賜物であるギャザー加工(布を縫い縮める縫製する加工)にも言及しつつ、ZEソファの卓越性を説明します。
「まるで今のボッテガ・ヴェネタのような、現在のファッションの流れに合っているんですよね。だからこそ、Jaredが『まるで昨日作られたみたいだ』と言ったのも納得なんです。実際に座ってみると、ものすごく快適。そこがまた重要なポイントでした。見た目がラグジュアリーでありながら、座り心地も抜群――この2つを同時に成立させるのって、プロダクトとしてはすごく難しいことなんです」(Ed, Lichen)
KARIMOKU RESEARCH CENTERで展示した「Karimoku Re:issue by LICHEN:」に加え、LichenはApple Boxやメディア収納ユニット、スツールなどのコレクション「CMPT by Lichen」を製作しています。このコレクションは、2025年5月にニューヨークで開催されたICFF(インターナショナル・コンテンポラリー・ファニチャー・フェア)で、はじめてお披露目しました。
「CMPT by Lichen」の構想は8年前に遡るといい、JaredとEdがパートナーになる以前、Jaredが「Compartment」というプロジェクトを何年も前から構想されていたというお話だとお伺いしています。
「僕はCMPTの活動を『製品寄りのプロジェクト』として考えていて、一方で『Lichen』はもっと“人間中心”で有機的な存在でした。自然にも存在する“地衣類(lichen)”のようにね。いわば『Lichen』は僕たちの“ハイタッチ”の側面であり、『CMPT』は“ハイテク”寄りの実験的なプロジェクトだったとも言えます」(Jared, Lichen)
CMPT by Lichenがようやく形になったのは、Jaredが「正しいパートナー」と形容する、カリモク家具との出会いがあったからだと言います。
「正直、僕たちだけでも完成させることはできたかもしれませんが、ここまでの品質や完成度、多くの人の関わりを得るには至らなかったと思います。『Lichen』は外からの視点やコミュニティによって育ってきたブランドであり、『CMPT by Lichen』はそれに対して内側から、少人数でじっくりと育てられてきた小さなコレクションです。そしてそこに、カリモク家具の皆さんをはじめ、信じてくれた多くの人たちの支えがあって実現したんです」(Jared, Lichen)
CMPT by Lichenの起点となったアイテムは「Apple Box(アップルボックス)」で、写真スタジオでよく使われる、座る・立つ・何かを置くなど多目的な小道具です。この実用性がまさに「CMPT by Lichen」の精神を象徴しています。
「私たちが『CMPT』およびICFFのためにデザインしたラインは、ニューヨークや日本のような限られた居住空間へのリアクションとして生まれたものです。多くのアイテムは、使う人と一緒に“成長していく”ことを意図しています。いくつかの家具はモジュール式になっていて、例えば、あまり広いスペースがない状況でも大きな家具に投資する必要がないように配慮されています。そして、引っ越しをしたとしても、次のアパートや家にも持っていけるような柔軟性も持たせているんです」(Ed, Lichen)
Edが語るように、ニューヨークや東京のような都市で生活する上で、「収納を考慮した設計」はもっとも現実的な方向性なのだとJaredも強調します。そのため、初回コレクションでは、「収納」や「モジュール性」をいかに自然に組み込めるかに注力したそうです。
「『収納』と『モジュール性』は今の私たちのデザインの中でもっとも大切にしている要素です。人間は常に動いていて、考えも変わるし、生活スタイルも変わる。移動に対応できる家具は長く使ってもらえるし、結果的にサステナブルなんです。ニューヨークでは平均的な賃貸契約が2〜3年なので、移動可能な家具というのは、現実的なニーズでもあると思います」(Jared, Lichen)
今回のSurvey 01では「NEW TRADITION」というテーマが掲げられています。Lichenは元々ヴィンテージ家具に取り組んでいることもあり、「伝統」こそが最大のインスピレーションであると語ります。その意味で「NEW TRADITION」という考え方にも共感しているとJaredは言います。
「僕たちは『過去から一歩踏み出すこと』を目指しています。最近では『ポスト・ミッドセンチュリー(Post Mid-Century)』という言葉を使い始めていて、それを掲げている最初のデザイン会社だと自負しています。僕たちがデザインの世界に入ったきっかけは、Herman Miller や Eames といった1950年代の伝統的なデザインでした。ただ、当時と今とでは、人々の暮らし方は大きく違いますよね。あの時代のデザインは、クオリティや機能性の高さゆえに今でも生き残っていますが、現代社会にそのままフィットするかというと、そうとも限らない。でも、エドが言っていたように、『収納の必要性』など、当時から今に至るまでずっと変わらないニーズもあるんです。だからこそ、僕たちはそうした『時代を超える価値』と『今の感性』を掛け合わせて、スタイルをつくっていきたいと考えています」(Jared, Lichen)
そうした思想と「NEW TRADITION」を象徴するプロダクトの一つが「ZEソファ」なのだと言います。1980年代にイタリアンモダンとしてデザインされた当時の視点と、2025年の今、Lichenがそこに現代的な解釈を加えて再構成する。つまり、1980年代のデザインをほぼそのままに、今のプロダクトとして提示する。なぜなら、それが当時から現在までその価値が変わらずに通用している「タイムレス」だからだと、ZEソファが「NEW TRADITION」である所以をJaredは説明します。
今回のカリモク家具とのコラボレーションが「一度きりのこと」で終わるのではなく、カリモクとLichenのような存在が、また何度も、何らかの形で交わり、刺激的で、意味のあるプロジェクトを生み出していくことへの期待についてJaredはこう語ります。
「面白いのは、Karimokuの『moku(木)』とLichenの『lichen(地衣類)』、どちらも自然の中に存在する“生きた有機体”だということ。これは偶然じゃないと思っていて、木も苔も、ただ1世代で終わるものではありません。何層にも重なって、継続していく存在なんです。私たちがその結論にたどり着いたのも、やはり『自然』からインスピレーションを得ているからです。私たちはテクノロジーを活用していますが、どちらのブランド名も“自然の生き物”に由来している。それは、私たちがその存在に誇りを感じ、そこに価値を見出しているからにほかなりません。それが、私たちなりの『伝統の尊重の仕方』であり、『ルーツの大切さの表現』なんです」(Jared, Lichen)
カリモク家具とLichenの今後の展開について、今回の「Karimoku Re:issue by LICHEN」を通じて次のコレクションへの先行スタートが切れた感覚があるとJaredは言います。ZEソファ以外にも現代に蘇らせることに興味があるアイデアやプロダクトがまだまだあるそうです。何か“新しいこと”をしようと必死にならずとも、過去のものに新たな命を吹き込むことで、十分価値のあることができるのではないかと、Jaredはあるエピソードを紹介してくれました。
「以前、Appleで働いている友人と会ったとき、彼がiPhone 4を使っていたんです。当時、僕はiPhone 12を使っていて、『なんでAppleで働いてるのにiPhone 4なの?』と聞いたんです。そうしたら彼は「この形の方が良いんだ」と。彼はAppleのデザイナーで、ただのユーザーじゃないんです。それを聞いて、「“良い”ってなんだろう?」と、すごく考えさせられました。“新しい”=“良い”という価値観を、僕たちは無意識に持ってしまいがちだけど、必ずしもそうではない。過去のプロダクトにも、今だからこそ輝く価値がある。そういった視点を大切に、次の展開を考えていきたいと思っています」(Jared, Lichen)