カリモク家具が2024年10月に始動した新プロジェクト「KARIMOKU RESEARCH(カリモクリサーチ)」。プロジェクトの核となる『Survey』では、年間4つのテーマを設け、1つのテーマ毎に国内外のクリエイターやデザイナー、アーティスト、企業等と連携して“Survey(=調査)”を行い、そこから得られた洞察をもとに、家具に留まらない新しいソリューションの展示・開発を行っています。
第2回目となる『Survey』では、ロサンゼルスを拠点に活動するデザインスタジオ「WAKA WAKA」をリサーチャーに迎え、『NEW TRADITION』というテーマを掲げて臨みました。その結果、日本の伝統的な生活スタイルを、WAKA WAKA が拠点にする欧米文化の視点を交えながら再解釈し、新たなスタイルを提案した19点のアイテムが生まれました。
本記事では、『Survey 01 : NEW TRADITION』が辿ったプロジェクトの軌跡について、詳しく解説します。
木製家具や機能的なオブジェクトをハンドクラフトで手掛ける、ロサンゼルスを拠点として活動するデザインスタジオ「WAKA WAKA」の奥田慎一郎氏が、はじめてカリモク家具の工場を訪れたのは、2022年4月のこと。それまで工場内でボイラーの燃料にすることの多かった20cm角以下の端材を活用し、何か小さな製品をつくれないか?という問いかけから、今回の『Survey』の前身となる共同プロジェクトがスタートしました。
このプロジェクトから生まれ、商品化に至ったのが、「組器 SET VASE」という花器です。
祖母がお茶の先生だったこともあり、以前から「茶室」に興味を持っていたという奥田氏。新型コロナウイルス罹患によって2週間の隔離を経験した際には、自ら移動式の茶室を設計しており、「お茶室で使えつつ、ロサンゼルスに住んでいる人にもインテリアとして使ってもらえるようなプロダクトがいい」と“一輪挿し”を提案しました。
本プロダクトのポイントは、淡い色の下に透けた木目から、しっとりとした木の質感が感じられる塗装表現です。
WAKA WAKAは通常、設計から制作、納品までをすべて自分たちで手掛けるという手法をとっており、WAKA WAKAが設計、カリモク家具が制作という今回のような座組みは、はじめての試みでした。そのため奥田氏には、「自分にはつくれないものをデザインしよう」というねらいがありました。
普段はオイルやラッカーで仕上げる作品が多く、淡く薄い色の塗装を不得手としていた中で、カリモク家具の塗装技術を活用し、日本の木材の美しさを表現するという表現の方向性が決まりました。
「僕はファブリケーションのキャリアから入ってきているので、自分につくれないものはまずデザインしないんです。かといって、自分がデザインをしたものを誰かにつくってもらってうまくいかなかったら、腹が立ってしまいそうだから、そんなこといままで考えたこともなかった。でも今回、カリモク家具さんとコラボレーションをさせていただいて、自分の期待をはるかに超えるものをつくってもらえて。すごくよかったと思っています」(WAKA WAKA・奥田氏)
そして2024年春頃、「KARIMOKU RESEARCH CENTER」での展示に向けた新たなプロジェクト『Survey 01 : NEW TRADITION』が動き始めました。
カリモク家具 取締役副社長の加藤洋氏は、今回の『Survey』のリサーチャーにWAKA WAKAを迎えた理由を次のように語ります。
「世界に対して、日本的な美意識や価値観、アイデンティティをもっと全面に出した提案をしてみたいと常々思っていました。茶室にご興味があり、『組器 SET VASE』という花器をつくっていただいた奥田さんに、今度は『組器 SET VASE』に留まらない形で、ロサンゼルスで活動をしている日本人としてのものの見方やデザイナーとしてのあり方を表現してもらいたいと思ったんです」(カリモク家具・加藤)
奥田氏もまた「せっかく日本でつくるなら、アメリカにはないものを」と考えていました。カリモク家具の高度な塗装技術に特に惹かれていたこともあり、当初は「すべての作品に漆塗装を使う」という構想を持っていたといいます。
しかし、漆塗装のコストは非常に高額で、大型家具を扱える工場は限られていました。商品化までの現実的な道筋を考えると、別の手法を探す必要がありました。
そこで、カリモク家具のチームが奥田氏に提案したのが、「ポリエステル樹脂磨き塗装(通称“ポリ磨き”)」という塗装技術の活用です。
「ポリ磨き」とは、グランドピアノなどに使われる“ピアノ塗装”を応用した塗装技術です。厚さ約1mmのポリエステル樹脂塗膜を、5~7回にわたって“塗っては磨き、塗っては磨き”を繰り返すことで、鏡のような艶と奥行きを出せるのが大きな特徴です。カリモク家具では1980年代半ばに開発され、高級感のある家具の塗装に使われていました。
しかし2000年代以降、トレンドや生活様式の変化によって、「ポリ磨き」は次第に用いられなくなりました。設備や技術の維持にコストがかかるため、カリモク家具社内では、「ポリ磨きのラインを廃止して、別の新たな技術を導入した方がいいのではないか」という議論が何度もあったといいます。
社内ではまさに“絶滅の危機”にあった「ポリ磨き」でしたが、そのサンプルをロサンゼルスのWAKA WAKAのスタジオに送ると、奥田氏はこれを気に入って、“漆の代替として「ポリ磨き」を使った和家具のコレクション”という方向性が固まりました。
「普段は椅子やテーブルのデザインが先にあって、それから塗装のことを考えるのですが、今回は逆でした。『ポリ磨き』という仕上げが先に決まっていて、どんな家具をつくれば『ポリ磨き』という技術を面白く表現できるかとデザインを考えた。僕にとっても新鮮な進め方でした」(WAKA WAKA・奥田氏)
「NEW TRADITION(新しい伝統)」という今回のテーマは、ディスカッションの中から自然に生まれたものでした。このテーマについて奥田氏は、「メイド・イン・ジャパンで、日本の伝統的な和家具の形式を踏襲しつつも、アメリカに持っていったときに現地の人に自然に使ってもらえるようなものをつくろうと思った」とその解釈を語ります。
最初にデザインしたアイテムは“座椅子”でした。
奥田氏が幼少期を過ごした1970年代の日本には、カーペットにソファという欧米式のインテリアが既に浸透しており、奥田氏の生家には座椅子はありませんでした。しかし、2009年にパートナーのクリスティン氏と結婚し、毎年日本の温泉旅館を訪れるようになったことで、座椅子が欧米人にとっても自然に使える家具であることに気づいたといいます。
座椅子という最初のアイテムが決まると、座椅子と一緒に使える座卓やパーテーション、コーヒーテーブルやチェアといったアイデアが次々に生まれ、全19点のコレクションが誕生しました。
また、“トラディショナルなパターン”である「ドット」「チェック」「ストライプ」を取り入れた、WAKA WAKAらしい遊び心の溢れるアイテムも登場しました。
日本とアメリカと距離があったこともあり、開発期間中のコミュニケーションは基本的にオンラインで行われました。その中で、デザインと技術的な制約をすり合わせる場面は多々ありました。
たとえば、中央に段差のある赤いテーブル。最初に奥田氏が出した図面は、1枚の大きな天板があり、テーブルの右半分は上部に、左半分は下部に別の板を貼ることで、段差をつくるような構造になっていました。しかし、「ポリ磨き」の加工の特性上、段のコーナーにあたる部分を綺麗に仕上げることができません。そこで、カリモク家具側の制作チームは、天板を2枚に分割し、中央で組み合わせるという方法を提案しました。これについて奥田氏は、「結果的に自分ではまったく予想していなかった面白い視覚効果が得られた」と、コラボレーションによって得られた思わぬ成果を評価しています。
また、カリモク家具としても、今回のプロジェクトをきっかけにはじめて曲面への「ポリ磨き」に挑戦し、さまざまなカラーのバリエーションを新たに生み出すなど、「ポリ磨き」の技術を大きく刷新する機会となりました。
その後、奥田氏が出来上がった家具のサンプルを目にしたのは2024年10月。カリモク家具の「ポリ磨き」が生み出す“奥行き”と質感に深く感動したといいます。同時に、実物を目にしたことで、新たな課題も見つかりました。そこで、サンプルに調整を加えた上で、2025年1月11日から4月18日まで「KARIMOKU RESEARCH CENTER」にコレクションを展示。現在は、国内外での正式発売に向けて、商品化するアイテムを選定し、再び調整を加えているところです。
後日公開予定の記事[後編]では、WAKA WAKAの考える「TRADITION(伝統)」と「NEW TRADITION(新しい伝統)」、直近のテーマである「Atmospherism」と今後の取り組みついて、さらに掘り下げていきます。