
カリモク家具が2024年10月に始動した新プロジェクト「KARIMOKU RESEARCH(カリモクリサーチ)」。プロジェクトの核となる『Survey』では、年間4つのテーマを設け、1つのテーマ毎に国内外のクリエイターやデザイナー、アーティスト、企業等と連携して“Survey(=調査)”を行い、そこから得られた洞察をもとに、家具に留まらない新しいソリューションの展示・開発を行っています。
第2回目となる『Survey』では、ロサンゼルスを拠点に活動するデザインスタジオ「WAKA WAKA」をリサーチャーに迎え、『NEW TRADITION』というテーマを掲げて臨みました。その結果、日本の伝統的な生活スタイルを、WAKA WAKA が拠点にする欧米文化の視点を交えながら再解釈し、新たなスタイルを提案した19点のアイテムが生まれました。
カリモク家具とWAKA WAKAがどのように出会い、プロジェクトを進めてきたのかについて解説した前編記事に引き続き、後編となる本記事では、「NEW TRADITION」というプロジェクトを改めて振り返り、その成果と今後の可能性を掘り下げます。

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『NEW TRADITION(新しい伝統)』という今回のテーマを考えるにあたって、「伝統」とは何かを改めて問い直す必要がありました
WAKA WAKAの奥田慎一郎氏は、「『伝統』を定義するのは難しい」と前置きをした上で、アメリカでの生活において「伝統」を感じる瞬間がほとんどない一方で、日本では至るところに「伝統」があると、両国の文化の違いを語ります。
「たとえば、日本で飲食店に行くと、伝統的なお箸やお茶碗があったり、おばあちゃんの家に行くと、ちょっとした竹細工の籠があったり。アメリカではあまりそういうものを目にする瞬間はないですね。伝統的なものが身近にあると、それらをリスペクトする気持ちが自然と生まれます。それは、“気づかい”のようなより日常的な精神性の違いにもつながっていると思います。たとえば、アメリカにも日本にもカフェはありますが、日本のカフェではテイクアウトでパンなどを買ったときに、紙袋の端を折って渡してくれる。そうした“気づかい”のようなものは、アメリカにはまずありません」(WAKA WAKA・奥田氏)
そして「伝統」には、何十年、何百年に渡って受け継がれてきた技術や精神を「守る」という側面があるのと同時に、過去の蓄積をいかに反転させ「破る」かという真逆のベクトルが同居しているからこそ、「面白い」のだと続けます。
「ひとつのベクトルしかなかったら、ディスカッションは起きません。真逆の価値観のものがぶつかり合うからこそ、ディスカッションができるし、前に進めます。また、同じものをつくり続けようとしても、一人ひとりのインディヴィジュアルな個性や才能、価値観や解釈はどうしたって反映されてしまう。だからこそ『伝統』は面白いのです」(WAKA WAKA・奥田氏)
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「伝統」そのものにも、過去受け継がれてきたものをひっくり返し、変革をもたらすという側面がある一方で、今回の『Survey』のテーマである「NEW TRADITION(新しい伝統)」には、「伝統」に敬意を払いつつも、「伝統」をもっと自由に解釈して遊んでみようという想いが込められていました。
この点において、今回のコレクションのポイントとなった「ポリエステル樹脂磨き塗装(通称“ポリ磨き”)」の活用は、非常に象徴的な事例と言えるでしょう。
1980~90年代のバブル期には多くの人を魅了するも、人々のライフスタイルが大きく変化する中で次第に需要が減少し、カリモク家具社内ではその維持について多くの議論があった「ポリ磨き」。そのままではいずれ失われていたかもしれない技術でしたが、今回のWAKA WAKAとのコラボレーションを通じて、「ポリ磨き」の新たな可能性を発見することができました。
過去の「伝統」を受け継ぎつつ、「伝統」を未来に伝えるために刷新する──いま、多くの伝統的なものが存続の危機にあるということが言われていますが、そうした状況に対するひとつの理想的なソリューションを示すことができたのではないのかと思います。
WAKA WAKAの奥田氏は、「NEW TRADITION」というプロジェクトのテーマに加えて、本プロジェクトの中で「Atmospherizm(アトモスフィアリズム)」という独自の概念が生まれ、一貫して追求して来たと語ります。
この言葉は、文字通り“Atmosphere” から派生した造語であり、“Atmospherizm” が持つ空間のエネルギーやトーン、ムードといった要素に着目し、それらを再定義して新たな空気感を創造しようとする概念です。
普段のクライアントワークでは個々の家具の発注を受けることが多い一方で、今回のような大規模な家具のコレクションは、WAKA WAKAにとってもはじめての挑戦でした。そのため、今回のプロジェクトにおいては、個々の家具というよりも、家具とその総合が生み出す「Atmosphere(雰囲気)」をデザインすることを意識したといいます。
「家具を置くと、その空間やそこにいる人たちの雰囲気も変わります。今回のコレクションでは、僕の家具から生まれる雰囲気を特に出したくて、『Atmosphere(雰囲気)』を少しもじって、『Atmospherizm』という概念を意識しながら進めていました」(WAKA WAKA・奥田氏)
また、奥田氏は、「Atmosphere」をデザインするという点において、家具も映画も音楽も本質的に同じであると語ります。現在、WAKA WAKAでは、オリジナルの日本茶の開発にも取り組まれているとのことですが、これもまた『「Atmosphere(雰囲気)」をデザインする』という視点で捉えれば、茶室や茶室で使用する家具づくりとなめらかに連続した取り組みと言えるのです。
現在カリモク家具では、年内の発売を目標に、今回生まれたコレクションの発売に向けた調整を急ピッチで進めているところです。曲面への「ポリ磨き」塗装など、技術的に難しい部分もありますが、WAKA WAKAが素晴らしい作品を見せてくれたおかげで、制作チームも非常に高いモチベーションで調整に取り組むことができています。
また、かねてから空間の総合的なデザインに興味があったという奥田氏。今後は「KARI KARI MOKU MOKU WAKA WAKA」のコレクションをさらに拡充しつつ、京都の古い町屋を自らリノベーションし、「Atmospherizm」を体現するショールーム的な空間をつくっていきたいと、意欲をのぞかせます。こうした新たな展開もまた、『Survey 01 : NEW TRADITION』の成果の1つと言えるでしょう。
*追記「KARI KARI MOKU MOKU WAKA WAKA」展で発表したコレクションは全て新ブランドへと進化を遂げました。2025年6月にローンチした「wagetsu わ月」は、展示会で初披露された日本の伝統家具の創造性と再解釈を継承しています。
https://wagetsu.karimoku.com