
日本の演劇界における「ミュージカルの殿堂」として、半世紀以上にわたり観客の感動を支えてきた「2代目」帝国劇場(1966年竣工)。2025年2月末の一時休館に伴い、東宝は、解体によって廃棄される予定だった劇場の客席、照明、手すり、柱石などのマテリアルを、新たな製品へと生まれ変わらせるプロジェクト「帝劇 Legacy Collection」を始動した。
そんな「帝劇 Legacy Collection」の集大成ともいえる「帝劇プレミアムリメイク」と題した全30種に及ぶアイテムの製造は主にカリモク家具が担当し、複数の外部デザイナーとの協働によって実現。劇場の温もりをご家庭でも感じられるリメイク家具から小物までのラインナップが完成した。このプロジェクトを通じて誕生した製品は、2026年1月17日(土)よりZOZOVILLAにて販売される。また、同日よりカリモク家具が運営するKARIMOKU RESEARCH CENTER、および日比谷の商業施設日比谷シャンテの2カ所にて、その全貌に触れることができる「帝劇 Legacy Collection展 -2026 Winter-」が開催されることが決定した。
劇場が一時休館となる期間、いかにしてその記憶とブランドを継承し、次の「3代目」帝劇へとつなぐのか。東宝演劇部 IP戦略室の畑野秀明氏は、この極めてコンセプチュアルなプロジェクトをゼロから立ち上げ、実行へと導いたキーパーソンだ。本記事では、畑野氏にプロジェクトの実施背景、カリモク家具や外部デザイナーとの協働の裏側、そして製品に込めた深い想いを尋ねる。


2019年に東宝に入社し、最初の1年間を帝国劇場(帝劇)の営業係として過ごした畑野秀明氏。その後、演劇部内の別部署を経て、3年半前に発足した演劇部内の新規企画開発を担うIP戦略室へと移る。演劇興行を軸に新たな収益スキームを探る同部署において、畑野氏が着手したものの一つが、帝劇のクロージング企画だった。
一般的に「IP(Intellectual Property)」と聞くと、キャラクターや物語といった無形資産が思い浮かぶ。しかし、このプロジェクトでは、実体を持つ劇場そのものをIPとして捉えるという、斬新な発想が核となった。
「帝劇 Legacy Collection」の企画は、「帝劇というブランドを、3代目の帝劇ができるまでの『ない期間』にいかに忘れさせないか」という課題意識から出発した。59年間にわたって愛され続けた「2代目」帝劇の存在と記憶を、具体的な形として残すことが求められたのだ。
畑野氏は、この着想について次のように語る。
「IPと聞いて、多くの方がポケモンやゴジラなどのキャラクターコンテンツを思い浮かべるかと思いますが、今回は帝国劇場“そのもの”をIPとして捉える、という点が重要でした。1966年に建てられた2代目帝劇は、約59年間にわたり多くのお客様にご来場いただきました。そこで、休館を経て新しい3代目帝劇ができるまでの『ない期間』に、いかに帝劇というブランドをお客様に覚えていていただくかを考えたのです。作品ではなく、実際の帝劇自体をどう見せていくか。その答えとして、リメイク、つまりアップサイクルの文脈で何か商品が作れたらというところが、このプロジェクトの着想点であり、出発点となりました」(畑野)
このアイデア構想を立ち上げると同時期に、別企画での協業を探るべくZOZOへ連絡を取っていた畑野氏が、ZOZOの担当者と話をする中で、奇しくもリメイク文脈の先行事例として知ったのが、国立競技場の閉場時にカリモク家具が手掛けた座席のアップサイクル企画だった。これにヒントを得て、本プロジェクトでのZOZOとの協業が始まったのだ。そして、帝劇の建材に木部が多く使用されていることから、ZOZOの紹介を通じて、日本の木製家具のトップメーカーであるカリモク家具へと話がつながる。
プロジェクトの立ち上げ当初、戦略は二段構えであった。
「『帝劇 Legacy Collection』という企画を立ち上げる際、まず帝劇で何ができるかを考え、備品をそのまま販売する手法と、備品をアップサイクルして製品化するリメイク、この二つの方向性があることに気づきました。今から約3年半前から企画を準備していたので、時間をかければどちらも可能だと判断し、『両方やろう』というのが出発点です。その中で販売戦略として、まずは帝劇の既存のお客様、つまり劇場に通っていただいた思い入れのある方々に対し、ロビーなどで実際にご覧いただいていたであろう実物を、感謝の気持ちを込めてお届けすることにしました。2代目帝劇の思い出をお手元で持ち続けていただき、次の帝劇につなげていただきたいという思いが、この備品販売には込められています」(畑野)
まず、劇場の既存ファンに向け、備品をそのままの形で販売(2025年8月より実施済み)。そして、より幅広い層に帝劇のレガシーを広げ、次の帝劇へとつなぐための「攻めの姿勢」として、今回のリメイク製品を開発するという道筋が立てられた。特にZOZOの販売網を活用することで、既存の演劇ファンではない新規顧客へのアプローチを狙ったという。


プロジェクトの実施において、畑野氏が最も注力し、時間をかけたのは、関係者間の丁寧な「目線合わせ」だった。帝劇は演劇界において「ミュージカルの殿堂」と呼ばれるほど特別な存在であり、そのマテリアルを使うことには、社内外でさまざまな意見があったという。
「帝劇は59年間の重みがあり、演劇業界の中でも『ミュージカルの殿堂』と呼ばれる非常に特別な劇場です。そのため、社内はもちろん、お客様にとっても非常に思い入れの強い劇場であると認識しています。実際、アップサイクルで帝劇の建材を使うことに対し、『帝劇の歴史的な価値を損なわないよう、慎重に進めるべきだ』というような懸念の声も社内にはありました。しかし、歴史をひも解くと、帝劇は殿堂と呼ばれるくらい重厚でどっしりとした劇場でありながら、時代を先取る『攻めの劇場』としての側面も持っていたのです」(畑野)
「建材を使うこと=夢を壊すこと」と捉えられかねない懸念に対し、畑野氏は帝劇の歴史を深く掘り下げて向き合った。谷口吉郎氏が設計した2代目帝劇は、当時の日本において、破格の費用と豪華な仕様で建てられた「攻めの劇場」でもあったという。
畑野氏は、この歴史的背景を踏まえ、「新しいことに挑戦する革新性」と「人々の思い出を大切にする重み」を両立させるという文脈を、関係者に時間をかけて伝えていった。公演の鑑賞や、劇場内の歴史解説を通じて、協業するクリエイターや社内関係者に帝劇への理解を深めてもらったという。
「我々はこの文脈を踏まえ、これまでにない新しい挑戦をする一方で、その核には帝劇へのお客様や社内の深い思いがあることを、約1年半かけて関係者全員にご理解いただきながらプロジェクトを進めていきました」(畑野)
また、建材の取り出し作業や、美術品との見極めには細心の注意が払われた。例えば、柱の石材の解体時には、59年前に帝劇の柱工事を担当した矢橋大理石の担当者を招き、当時の施工方法などを共有しながら進めるなど、「誰もが初めてのこと」に、過去の資料と専門家の知見を頼りに丁寧に取り組んだという。

今回のリメイクプロジェクトでは、カリモク家具からお声がけしたプロダクトデザインなども手がける建築設計事務所・SAKUMAESHIMAの呼びかけで集まった6組の外部デザイナーが参画。畑野氏は、普段は演出家や脚本家といった演劇やエンタテインメント畑のクリエイターと向き合うことが多い中で、プロダクトデザイナーや家具製造のプロフェッショナルとの協働を通じて、多くの学びを得たという。
製品開発においては、休館の約1年半前、2023年終わり頃にデザイナーが決定。建材の取り出しが休館後の2025年3月から始まったため、その間は準備期間として利用された。デザイナーには休館前の帝劇に足を運んでもらい、手すりの木部や柱の石といった、「使える可能性のある」建材を見学してもらった。
しかし、実際にどの建材が使えるのか、どの建材がどれだけ確保できるのかは、解体作業が始まるまで確定しなかったため、デザイナー間の調整が特に困難な点だったという。
畑野氏は、全体ミーティングを2〜3ヶ月に1回実施し、各デザイナーのアイデアや、使える建材の状況を逐次共有。さらに、デザイナー全員でカリモク家具の愛知の工場を見学するなど、交流と士気を高める機会を設けた。
その結果、デザイナー間で建材の「取り合い」になることなく、各々の得意分野や個性が発揮される形で、アイテムがバラけていったという。東宝演劇部のディレクションのもと、最終的には全30ラインナップという多様な製品が誕生した。畑野氏は、これらの製品ラインナップについて、企画当初から漠然とした思いがあったと明かす。
「使える建材をリストとしてまとめてみたところ、およそ8種類か9種類ありました。その中で考えられるものを、できるだけ最大限に実現したいと考えました。これは『帝劇 Legacy Collection』が備品販売やリメイクを含め、可能なことを全て行おうという方針に繋がっています。カリモク家具さんに協力いただく以上、家具(椅子やテーブル)はぜひ実現したいという思いがありました。また、ロビーの照明が使用可能であったため、何か照明をリプロダクトするものが作れたらという漠然とした思いももちろんありました」(畑野)
家具メーカーであるカリモク家具への製造依頼は、帝劇の木製建材を活かした椅子やテーブルといった「家具」を実現したいという強い思いがあったからこそだ。そして、デザイナーそれぞれが、手すりの木、照明、柱の石といったマテリアルの物語を深く理解し、その記憶を継承するべく、試行錯誤を重ねた。

建材の取り出し作業が完了した2025年4月半ばから、デザイナーたちは実物マテリアルを手に制作に着手し、約半年後の10月末に、すべてのサンプルの制作が完了した。全30ラインナップが一堂に会したのは、11月中旬にカリモク家具の工場スタジオで行われた商品撮影時だったという。
その際、畑野氏は、カリモク家具の担当者らと「ようやくここまで来たね」という感慨深い思いを共有したという。そして、この完成した製品群は、プロジェクトに慎重な姿勢を示していた社内関係者にも披露された。
「社内の皆様にも完成品を見ていただきました。社内の大きめの会議室で、机などを展示風に並べて披露したところ、『すごいワクワクした』といった感想を多くいただきました。まだ販売前ではありますが、プロジェクトをやってよかったという手応えを感じています。当初は慎重な意見を持っていた方々からも、完成品を見た後には非常に高い評価をいただくことができました。この結果は、私たちが製品に込めた思いがしっかりと伝わり、質の高いものづくりが実現できた証だと感じています」(畑野)
完成品を見て「ワクワク」へと反応が変わることは、畑野氏にとってプロジェクトが成功したことの確かな手応えとなった。マテリアルの持つ歴史的な重みを損なうことなく、現代の生活に寄り添う美しいプロダクトへと昇華できた証明でもあったと言える。
「帝劇 Legacy Collection」の最終目的は、次の「3代目」帝劇へと記憶とブランドをつなぐことにある。畑野氏は、59年間帝劇に足を運んだすべての人への感謝を述べるとともに、リメイク製品に込めた想いを改めて強調した。
「備品販売の際もそうでしたが、59年間足を運んでいただいた方々へは、東宝としても帝劇としても感謝の思いでいっぱいです。そして、数年後に控える次の帝劇に向けて、皆様にぜひ思いをつないでいただきたいという願いを込めて、このプロジェクトを実施しています。もちろん、作品を劇場内で体感していただくのが一番ですが、今回の建材や劇場備品を使った製品を通して、2代目帝劇の記憶と、マテリアルそのものの重みを、ぜひお手元に残し続けていただきたいです」(畑野)
今回のリメイクアイテムは、3代目の帝劇が誕生した後も、日常生活に寄り添い、長く使えるものばかりだ。
このマテリアルの温もりと、帝劇の歴史を直接感じられる機会が、KARIMOKU RESEARCH CENTERと日比谷シャンテの2カ所で開催される「帝劇 Legacy Collection展」である。畑野氏は、それぞれの会場に明確な役割を持たせている。
「今回の展示は2カ所で実施します。一つは、帝劇近くの日比谷シャンテ内の特設会場で、観劇後などに立ち寄ってご覧いただける場所です。もう一つは、カリモク家具さんが運営する表参道のKARIMOKU RESEARCH CENTERでの展示で、こちらは今回の30ラインナップを実際に手に取り、体感できるという点が日比谷シャンテ会場との大きな違いです。ぜひKARIMOKU RESEARCH CENTERでは、製品を体感していただきたいと考えています」(畑野)
建材をフル活用し、考えられるほぼすべてのリメイクをやりきった今回のプロジェクトは、畑野氏にとって、そして「帝劇 Legacy Collection」というプロジェクト全体にとっての集大成だという。
「3代目」帝劇の再誕に向けて、2代目帝劇の持つ物語と温かみは、カリモク家具の確かな製造技術と、外部デザイナーの創造性を通じて、人々の日常へと溶け込んでいく。この「再生の物語」は、日本の文化的なレガシー継承の新たなモデルケースとなるだろう。
■ 開催概要
Stone Specialist 矢橋大理石